ONELOVE すべての犬に愛と家族を。

special interview

女優、作家、実業家として多方面に才能を発揮する一方、動物愛護活動家としての一面も持ち合わせている杉本彩さん。個人的な保護活動からチャリティイベントの開催まで、その行動力を支えているのは動物たちへの深い愛情。現在は、京都市内の自宅で東日本大震災の被災猫を含む10頭の保護猫と3頭の保護犬たちと暮らしています。保護活動を始めるキッカケや犬たちとの出会い、現在取り組まれている活動内容についても伺いました。

法律が厳しくなっても
動物愛護の意識が低ければ意味がありません。
ハードルは高くても諦めずに訴え続けていきたい

ONE BRAND(以下、O.B.) 子どものころから動物がお好きだったんですか?

杉本 犬も猫も、動物は大好き。捨てられたコや不幸なコと出会ってしまうと、どうしても見て見ぬフリができなくて。子どものころは捨て猫を連れて帰っては親に頼んで飼ってもらっていました。寝るときも一緒で、ほとんど姉弟みたいに育ったんです。ただ、そのころは避妊去勢の意識が低い時代で、猫が外に出て妊娠して帰ってくることもありました。そのうち『猫がイタズラして困る』と、ご近所から苦情が出たらしく、ある日家に帰ったら猫たちはボランティア団体に引き取ってもらったと…。私は何も知らなかったので突然の別れは子供心に強烈にショックでした。泣き暮らしましたよ。そのとき早く大人になりたいと初めて思った。早く大人になって、自分の意思で自分の思うように動物と暮らしたいって。それがずっと心の中にあって、今実現しています(笑)

O.B. 被災地の猫を保護したり、猫の保護活動を長いこと個人で行われていますよね。

杉本 個人的な保護活動を始めたのは二十歳くらいのころ。最初のキッカケはドラマの撮影所で出会った子猫でした。目が陥没しているようなひどい状態だったんですけど、看病して元気になったので育ててくれる人を探して。かなり情が移っていたので譲渡の際は号泣するほど悲しかったです。でもここで感情に流されたら今度同じ境遇のコに出会っても保護できないと感じて、決意して託しました。当時はここまで活動を続けるとは思ってもないんですけど、不思議ですね。

O.B. 猫のほかに犬とも暮らすようになったキッカケは何かあったんですか?

杉本 私は石橋を叩いて渡るタイプで、すごく慎重な性格。ですから、いつかは犬と暮らしたいとは思ってましたけど、仕事柄、私のような生活パターンでは絶対ムリだとも思っていたんです。ところが、夫が何が何でも絶対に犬と暮らしたいんだ!という気持ちが強くて。あるとき突然そう告白されました(笑)。それで、こんなにも犬と暮らしたい人をこれ以上我慢させるのは可哀想なんじゃないかと決心したんです(笑)。最初に迎え入れたのは3年前。パピヨンの小梅(メス)です。次にフレンチブルドッグのきなこ(メス)、そして1年前には末っ子のチワワのでんじろう(オス)を迎え入れました。出会った時期はそれぞれ違いますが、3頭とも繁殖業者の経営破綻で動物保護団体に保護されたコたち。我が家には猫もいるので、引き取る際は、性格や年齢を考慮しながら、施設の方とじっくり相談して決めています。

O.B. 猫との暮らしが長い杉本さんですが、犬と暮らし始めていかがでしたか。

杉本 今まで感じなかった喜びや楽しさ、自分のなかに芽生える新しい感情を発見することができました。オフの日も早起きして散歩したり、カフェや食事に一緒に出かけたり、行動する範囲やライフスタイルが随分変わったと思います。

O.B. 今日連れてきてくれたのは末っ子のでんじろうくん(推定6歳)ですね。

杉本 施設で出会った瞬間、運命的なものを感じました。でも、そのまま連れ帰ることはせず、迎えるまでにはやっぱりすごく考えました。実はそのときも夫が『あのコを絶対に迎え入れるべきだ。彩をきっと幸せにしてくれる運命のコだ』って呪文のように私にささやいて(笑)。結果、今では私がこのコなしじゃ成立しないっていうくらいの存在になっています。小梅やきなこもでんじろうを自然に受け入れてくれて、ホントに優しい。よくできたコたちです(笑)。夫のワガママから始まった犬との暮らしですが(笑)、ワガママを言ってくれて感謝もしています。そうじゃないと私、慎重すぎてなかなか踏み切れませんでしたから。結局、一番人生が変わっているのは私なんですよね。

京都での活動をモデルケースに。
日本全国にアニマルポリスを

O.B. 現在、ご自宅のある京都市において新たな活動をスタートされたと伺いました。

杉本 日本初となる※アニマルポリス設立のための署名運動を行っています。行政の方と協力して、京都から全国へのモデルケースを作ろうと呼びかけているんです。動物愛護法が改正されたとはいえ、まったく機能していない現実を見ると歯がゆくて仕方がありません。いくら法律が厳しくなっても、動物愛護の意識が高まらなければ機能しないのは当たり前。多くの人にもっと意識を高く持ってもらうためにも動物虐待専門の公的機関が絶対的に必要だと思うんです。組織設立のためには京都市や京都府、京都府警も関わってくることなのでハードルは高いと思いますが、諦めずに訴え続けていくことが大切だと感じています。

O.B. 最後に、動物との暮らしについて杉本さんご自身の将来の夢を聞かせてください。

杉本 やりたいことはいろいろありますが、ひとつは、いつか自分で施設を運営できたらなと。そこでちゃんと人も雇用できて自分が理想とする形の保護活動が続けられたらいいですね。活動を続けてきて今まで、心が折れそうになったこともたくさんありました。それでも続けてよかったと思うのは『保護犬・猫を家族に迎えました。』という言葉を聞けたとき。私の発信がキッカケで問題意識が芽ばえたり、保護動物を家族に迎え入れる決心をしたり、そうした声が届いたときは、自分の役割みたいなものを実感する嬉しい瞬間です。これからも頑張ろうって、そう思えるんですよ。

杉本彩(すぎもとあや)

1968年生まれ、京都府出身。15歳でモデルとなり、87年に東レ水着キャンペーンガールで脚光を浴びると同時に芸能界デビュー。30代になってから、テレビのバラエティ番組をキッカケにアルゼンチンタンゴと出合い、本格的なレッスンを開始。ショーを開催するなどダンサーとしても注目を集める。テレビ、映画、舞台などで幅広く活躍する一方、作家や経営者、実業家の一面を持ち、化粧品やランジェリーブランドのプロデュースなども手掛ける。

『杉本彩オフィシャルブログ』
http://ameblo.jp/sugimoto-aya/