ONELOVE すべての犬に愛と家族を。

special interview

「犬を愛し、犬と幸せに暮らす」ことを社会に対して提唱した著名人を表彰する 「ONE LOVE アワード・オブ・ザ・イヤー2017」を受賞したブラザートムさん。トムさんは、2011年の東日本大震災では発生直後から被災動物への支援を開始するなど、積極的に活動を展開。自ら引き取った被災犬ラースとの日々を綴った絵本も話題を呼びました。今回はラースとの思い出や、ラースが繋いでくれた福島の皆さんとの交流についてお話を伺いました。

―ラースとは、どんな経緯で出会ったのですか?

Br.TOMさん(以下、TOM): 僕は子どものころから、犬が大好き。特に大型犬が大好きです。当時はまだ町によく野良犬がいる時代でしたから、家に連れ帰っては飼い始めて、親を困らせたものです。
大人になってからも、常に犬と一緒に暮らす生活を続けていて、2011年の東日本大震災が起きる少し前までは、ロコという名前のゴールデンレトリーバーと暮らしていました。ただ、ロコはわずか2歳で死んでしまったので、僕は完全にペットロス状態に陥ってしまいました。「もう、2度と犬は飼わない!」とか思ったりして…(笑)。だから震災発生当時は我が家には犬がいなかったんです。 でも、被災地の犬のために物資を送るボランティアをしているうちに、ある保護団体の方に被災犬を預かってほしいと頼まれ、「預かるだけなら…」と、見に行ったシェルターにいたのが、ラースです。ラースは、福島第一原子力発電所に近い葛尾(かつらお)村で放浪しているところを保護された犬でした。

 

―ラースの第一印象は?

TOM: 最悪でしたね(笑)。
なにせ、大きな体は汚れてドロドロでしたし、警戒心むき出し。
人を噛む可能性があるので、シェルターの中でも「要注意の犬」として扱われていました。ところが、シェルターの方が「トムさんなら、大丈夫です」って断言するんですよ!妻は「あの犬だけはやめて」って目で訴えていましたが、確かに、この犬は他の人には選ばれないだろうな…と思うと、なんだか不憫に思えてしまって……。それで覚悟を決めて家に連れて帰ったのです。
一般的な保護犬の場合と違って、被災犬は飼い主の方が見つかったらお返しするわけですから、当時は、ほんの一時、預かるだけだと思っていて、まさか6年間も一緒に暮らすことになるとは、夢にも思っていませんでした。

―ラースは新しい生活にすぐに慣れましたか?

TOM: 最初は全くダメでしたね。家に来てから数日間は、1日中「うー」って低い唸り声をあげていましたし、妻の手を噛んだこともありました。でも、一緒に暮らすうちに少しずつラースの警戒心もほどけていったのでしょう、次第にリラックスして過ごせるようになり、大きな体をすり寄せて甘えてくるようにもなりました。
子どものころから何度も捨て犬や保護犬を飼っているからわかるのですが、保護犬って「スポンジ」なんですよ。人間が愛情を注ぐと、乾いたスポンジのようにぐんぐん吸い取って受け止めてくれる。それは、彼らが愛情に飢えていた証でもあります。だから、こちらもどんどん愛情を注いであげたくなるんです。
ただ、ラースはあくまでも預かっている犬です。「いくら可愛くても、ラースをこのままうちの子にしてしまうことはできないんだ。いつか生まれ故郷の福島の飼い主さんのもとに返してあげなくちゃいけないんだ」って自分に言い聞かせていました。

―ラースの飼い主さんは、すぐにみつかったのですか?

TOM: これはもう本当に奇跡のような話なのですが、意外と簡単に見つかりました。ラースは福島県の葛尾村というところで保護されたので、きっとその村に住んでいたんだろうと思い、手掛かりを探すために村役場に電話したのです。電話口に出た人は島さんという親切な方で「手掛かりになると思うので、写真を送ってください」って言ってくれました。さっそく、ラースの写真を送ると、島さんがすぐに電話してきて、驚いたことに「これは、私が飼っていたラースです。私の犬です」とおっしゃったんですよ。すごい偶然ですよね!
実は、この電話で教えてもらうまで、ラースという名前であることを知らず、我が家では勝手に「しろ」って呼んでいたんですよ。それで早速、「ラース!」って本名で呼びかけたら、すぐに反応しました。やっぱり、この犬はうちの「しろ」ではなく、島さんの家の「ラース」なんです。「絶対に、ラースを島さんのもとに帰す」と改めて心に決めました。
その後、仮設住宅で暮らしていた島さんのところに何度かラースを連れて遊びにいきましたが、仮設住宅で犬と一緒に暮らすことは難しかったので、島さんが落ち着くまで、ラースは引き続き、僕の家で暮すことになりました。

―葛尾村は、福島第一原子力発電所事故の影響により、全村民が村外に避難を余儀なくされましたよね。ラースはいつ帰ることができたのですか?

TOM: 葛尾村の避難指示が解除されたのは、2016年の6月です。ただ、解除されたと言っても、村内には学校もスーパーも病院もないので、村に帰って生活を始めるのは非常に難しいこと。結局、ラースが村に戻ることができたのは、2017年3月のことでした。葛尾村は本当に美しくて、自然豊かな村。生まれ故郷の村に戻れて、ラースは本当に嬉しそうでした。東京に戻る僕を見送りにもきてくれなかったんですよ。こちらは涙の別れを覚悟していたのに(笑)。
ただ、ラースはラースなりに僕と島さんの双方に気を使っていましたね。まだラースがうちで暮らしていたころ、島さんがラースに会いにきてくれたので、一緒に食事をすることになったのです。僕と島さんが向き合って座っているテーブルの下にラースが寝転んで前足は僕、後ろ足は島さんの足の上に乗せているんですよ。ラースなりに、「2人とも好きだよ!」って言いたかったんでしょうね。

―今、ラースは葛尾村で元気に暮らしているのですか?

TOM: 残念ながら、村に戻って半年後の2017年9月に亡くなりました。ラースが死んでしまったことは悲しいけれど、最後の半年間を、ふるさとの葛尾村で大好きな家族と一緒に過ごすことができて、本当に良かったと思います。
ラースのおかげで、それまで縁のなかった葛尾村の皆さんと、とても仲良くなって、今や「名誉村民」にしてもらっちゃいました。村には今もよく遊びにいきますし、今年(2017年)の11月には、村で開催されるイベントにゲストとして参加することになっています。ラースのおかげで、第2のふるさとができたような気持ちですね。
もう1つ、ラースに感謝していることがあります。それは震災後の6年間、ラースが側にいてくれたおかげで、被災地への関心を持ち続けられたことです。葛尾村など被災地の現状が報道される機会が年々少なくなっているので、東京にいると震災の記憶がどんどん色あせていってしまいますよね。でも、実際に被災地に行ってみるとわかりますが、まだまだ震災は終わっていません。ラースの故郷・葛尾村も、村のいたるところで、除染済みの土が入った袋が山のように積まれているし、村に帰れない人たちもまだたくさんいます。僕は、そんな被災地の現状をラースのおかげで知ることができたので、それをいろんな機会にみんなに話して、被災地の現状を情報発信し続けることが自分の役割であり、ラースへの恩返しになるのかなと思っています。
今日のONELOVE アワードも、ラースのおかげで受賞できたようなものなので、次回、葛尾に行ったら、皆さんに報告しますね。

―今後も動物愛護活動は続けていく予定ですか?

TOM: 困っている人や犬がいたら自然に体が動いてしまうタイプなので、自分が「動物愛護活動」をしているつもりはないんだけど、これからも犬たちのためになることは、喜んでやっていこうと思ってますよ。もちろん、良い出会いがあれば保護犬をもう一度我が家に迎えることもあると思います。次はどんな犬と出会えるのか、楽しみですね。

―最近は保護犬を飼う人が増えつつあります。これから保護犬との暮らしを検討している人にアドバイスをお願いします。

TOM: このインタビューにはふさわしくない発言かもしれないけど、僕は誰にでもむやみに保護犬を飼うことを勧めません。ラースもそうでしたが、保護犬はクセのあるケースが多いので、犬を飼うのが初めての人や余り慣れていない人には、かなり難しいと思うからです。いったん引き取られたのに、「やはり手に負えません」といって、団体に犬を戻しにくる人が結構いるんですが、犬にしてみれば、また悲しい体験が1つ増えてしまうだけ。可哀そうだよね。やはり、少し犬の扱いに慣れてから、保護犬との暮らしを検討して欲しいと思います。
「犬のために何かしたい」と思うのなら、保護犬を引き取るだけが選択肢じゃありません。募金や寄附をしたりするだけでもいいし、自分なりに情報発信をしてみるのもいい。引退した盲導犬を引き取って育てるボランティアもありますよね。何でもいいので、まずは一人ひとりが、自分で無理なくできることを始めることが大切なのではないでしょうか?

ブラザ-トムさん、ありがとうございました!


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