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2017.03.29(水) 17:00:31

しゃベル ✕ ワンブランド わん!ダフルストーリー Vol.55
愛犬の死、受け入れられますか? ドルチェがくれた「3年間の猶予期間」

父の手術、そして愛犬の身体にも異変が…

「自分は今のままでいいのかな?」「今の仕事、ずっと続けていていいのかな?」

 

今の生活に漠然と疑問や不安を持ってしまった経験、誰にでも1度や2度はあるのではないでしょうか。

 

都内の動物病院で動物看護師として働いていた長田絢子さんも、就職して4年目に差し掛かったころ、自分の生活に疑問を感じ、仕事へのモチベーションが一気に下がってしまった時期があったそうです。

 

「動物看護師は子どものころから憧れていた大好きな仕事ですから、仕事内容には何の不満もありませんでしたし、職場でも素晴らしい上司や仲間に恵まれていました。なのに、どうしても気持ちが落ちてしまって、やる気を失ってしまったのです。思い切って大好きな韓国に留学してしまおうか…と悩み、悶々とした生活を送っていました」。

動物看護師として全力で働く毎日

 

沈みがちな気持ちを奮い立たせながら、何とか病院での勤務を続けていたある日、勤務中の絢子さんのもとにお母様から思いがけない電話がかかってきました。

 

「お父さんが倒れて、緊急手術をすることになった。すぐに帰ってきて!」。

 

驚いた絢子さんはすぐに病院を早退、急ぎ伊豆の実家へ駆けつけました。

 

幸いお父様の手術は成功、事なきを得ましたが、絢子さんにはさらにショッキングな出来事が待っていました。

 

「父の手術の知らせで数カ月ぶりに実家に戻り、高校時代から飼っている愛犬ドルチェ(当時7歳、♀、ゴールデンレトリーバーとボーダーコリーのミックス)の首を何気なくなでたところ、指先に妙な感触が…。固いしこりがいくつもできていたのです。職業柄、これは普通のできものではない…とピンときてしまって…。すぐに近所の動物病院で検査を受けることにしたのです」と絢子さんは振り返ります。

 

「検査の結果が出るまでの間、ドルチェの死が頭をよぎってしまい、毎日動悸が止まりませんでした。今にして思うと、この経験のおかげで私は動物看護師として本当の意味で一人前になることができたのかもしれません。自分自身が愛犬の病気に直面して初めて、私は心から飼い主さんのお気持ちに寄り添うことができるようになったからです。これもドルチェが私に遺してくれたかけがえのない贈り物の1つだと思っています」。

 

そして検査の結果、告げられた病名は恐れていた通り、「悪性リンパ腫」。余命は長くて数か月という厳しい診断が下されました。

 

突然の展開に涙を止めることができなかった絢子さん。「今すぐさよならなんてできない、何とかもう一度元気にしてあげたい」と癌性悪液質で痩せ細ったドルチェを前に誓いました。

 

この日から、絢子さんとドルチェの長い闘病生活が始まったのです。

 

無我夢中の癌治療、そして奇跡の寛解

ドルチェと絢子さんの出会いは、絢子さんがまだ高校2年生のころ。ある犬の訓練施設で知り合って仲良くなった方が、生まれたばかりのドルチェを絢子さんに譲ってくれたのです。以来、二人はいつも一緒。

ドルチェが家に来た日

 

「高校卒業後は実家を出たので一緒にこそ暮らしていませんでしたが、ドルチェと私は一心同体。いつも心は繋がっていました。2ヶ月に1度はトリミングのために実家に戻り、一緒に過ごしていたのに、なぜ病気に気づけなかったのか…。ドルチェには『もっと早く気づいてあげられなくてごめんね。きっと治してあげるから、ドルチェも頑張ってね!』と声をかけました」。

 

東京に戻ると、絢子さんは勤務先の「成城こばやし動物病院」の小林元郎院長に事情を説明。ドルチェは院長の紹介で癌の名医として知られる小林哲也獣医師の治療を受けることができることになったのです。小林哲也先生に治療プランを立てていただき基本は勤務先で治療、月1回埼玉まで定期チェックに通う日々が始まりました。

 

「埼玉に通院する日は、職場の若手獣医師が車での送迎をかって出てくれました。職場の看護師仲間もさりげなく仕事をフォローしてくれて、私がドルチェのために時間をさけるようにしてくれたり…。言葉では言い尽くせないほど、みんなに良くしてもらいました」。

 

多くの人の善意と協力に支えられて、治療を受けられることになったドルチェは順調に回復、治療開始から半年後には寛解(癌がほぼ消滅した状態のこと)にまでこぎつけることができたのです!

 

苦しむドルチェ。安楽死を覚悟した夜

寛解後、みるみる元気を取り戻していったドルチェ。一度再発をしたものの、そのときも治療のおかげで、再度寛解に至ることができたそうです。その後は定期検診に通うほかは、抗がん剤の副作用で弱っていた腎臓の投薬治療を受けるだけで済むようになりました。

勤務先の病院で寛解したドルチェと記念撮影

 

「生活が落ち着いてくると、再び韓国に留学したいという気持ちが再燃。当時は20代後半に差し掛かるところで、この時期を逃したら、もう留学できないかもしれない…と焦りが募っていたのです。もちろんドルチェのことは心配で後ろ髪を引かれましたが、この子ならきっと待っていてくれるはず…と思えましたし、ドルチェもそのころは本当に元気で、『待っているから、早く帰ってきてね!』と言っているかのように思えました」と絢子さんは振り返ります。

 

「それに、父が『ドルチェの面倒は見てあげるから、行っておいで』と背中を押してくれたので、思い切って任せることにし、韓国行きへの準備を始めたのです」。

 

そして夢にまで見た韓国での留学生活を始めた絢子さんでしたが、絢子さんが出発して1週間後に、なんとドルチェの様子が急変。下痢やおう吐を繰り返して、すっかり衰弱してしまったのです。実家から届くメールはドルチェの病状が悪化していることを知らせるものばかり…。

 

「メールで送られてくる写真や動画を見ただけで、ドルチェの病状が予断を許さない段階になっていることがわかりました。できることならドルチェのもとに飛んでいきたかった…。でも一大決心の末、いろいろなものを捨てて韓国にやってきた私は、『卒業するまでは帰らない』と心に決めて、両親にも決意を伝えていました。その手前、どうしても『ドルチェのために帰りたい』とは言い出せなかったのです」。

 

このときも、絢子さんの背中を押したのは、お父様でした。

 

ドルチェの死が近いことを悟ったお父様は、絢子さんに

 

「帰ってきて、ドルチェの最期をみとってあげなさい」と言ってくれたのです。

 

その言葉で迷いが吹っ切れた絢子さんは翌日、2007年4月27日に帰国、伊豆の実家に駆けつけました

 

「ドルチェ!」

 

絢子さんが玄関の扉を開けると、それまで弱り切って横たわっていたドルチェはハッと目を覚まし、まるで。「待ってたよ!」というかのように、残った力を振り絞り必死にしっぽを振って、絢子さんを出迎えたのでした。

 

しかし、ドルチェはもう立ち上がることができず、息をするだけでも苦しい様子。すでに食べ物を受け付けなくなっていたドルチェは、皮下補液から取る栄養と水分だけで、やっと命を繋いでいる状態でした。

 

あまりに苦しそうなドルチェの様子を見て、絢子さんの脳裏に浮かんだのは「安楽死」の文字でした。

 

「ドルチェの死が間もなくだということはわかりました。だったら、もうこれ以上苦しませたくない。まだ苦しみが続くようなら、安楽死を考えよう…。本当につらいけれど、ドルチェのことを思って、そう決意したのです。そしたら少し気持ちが楽になり、とにかくその夜は思う存分にドルチェのそばで過ごすことにしました」。

 

久しぶりに一緒に過ごす夜。絢子さんはドルチェの様子を一晩中見守りながら、これまでのドルチェとの日々を思い返しました。そして、迎えた夜明け。ドルチェは眠るように息を引き取ったのです。2007年4月28日。最初に悪性リンパ腫と診断されてから、3年の月日が経っていました。

 

「ドルチェは3年間がんばって、私に猶予期間を与えてくれたんです。ドルチェの死を受け入れる心の準備をするための猶予期間です。ドルチェが居なくなった事は寂しかったけど不思議と悲しくはなかったです。それだけ私も家族も十分ドルチェに愛情を注ぎ私たちの出来る最善の治療とお別れの準備が出来たと今でも思っていますので…。自分でも驚くほど穏やかな気持ちで、ドルチェを天国に送り出してあげることができました」。

 

天国のドルチェに恥じない毎日を…

その後、韓国留学を終えて帰国した絢子さんは2008年5月に職場復帰。今も成城こばやし動物病院で看護師として忙しい毎日を送っています。

 

「ドルチェを見送ったのがきっかけで、私の動物医療に対する考え方は少し改まりました。以前は『ともかくできる治療はすべてやった方がいい』と思っていましたが、ドルチェの闘病を経験した今は、飼い主さんが考えて決めた方針こそベストな選択だと思えるようになりました。だって、その子のことを一番深く理解しているのは、獣医でも看護師でもなく、飼い主さんに他ならないのですから。延命する・しないに関わらず、飼い主さんが愛するペットのために下した結論こそ、その子にとってベストなんだと思えるようになったのです」。

 

ドルチェが天国に行って、今年でちょうど10年。その後、新たな犬を家族に迎えた絢子さんですが、今もドルチェの写真に話しかけることが多いそうです。

 

「辛いことがあるとつい部屋に飾ってある写真(若しくは携帯の待受画像)を見てドルチェが恋しくなってしまいます。私はいつも近くにドルチェの気配を感じながら生きてきましたし、きっとこれからもそうすると思います。

伊豆の実家の庭で、一緒に暮らす猫と

 

天国のドルチェに見られても恥ずかしくないように、仕事も頑張りたいし、家族のことも大切にしていきたい。仕事の大切さ、家族のありがたさを私に気づかせてくれたのは、ドルチェなのですから。いつか天国で再会した時に、楽しい話がたくさんできるように、これからも1日1日を大切に生きていきたいですね」。

 

 

■しゃベル ニッポン放送